« ロケ地、尾鷲が待っている! | メイン | 監督が愛した紀北町の「渡利かき」 »

「千年の愉楽」が生まれた場所

2月9日早朝。
朝もやの中から紀州の山並みが見えて来た。
いよいよ、ロケ地尾鷲での先行上映会が始まる。
ロケが終わったその瞬間から、監督がこだわり続けた
「この場所に、出来上がった作品を持って、最初にみせにくる」こと。

聖地巡礼に赴くような気持ちになり、嬉しさと恐さが相半ばする。

尾鷲市内の「せぎやまホール」に到着すると
開場3時間も前からホール入り口で待っている
お客さまたちの姿があった。
そして開場1時間前にはホール前に長蛇の列が。
須賀利の集落からは、バスを仕立てて大勢の人たちがホーいルに駆け付けた。
杖をついたおばあちゃんたち、エキストラで協力してくれたおじさん、おばさんたち。
懐かしい顔ぶれに、あの怒涛のロケの日々が一気に皮膚に甦ったきた。

P1000662.JPG

キャストたちも次々とホール入り。
若松孝二の新作を、お客さまの手にゆだねるその瞬間に備えた。

上映開始。ホールの中を奄美三線の音楽が流れ始め、
尾鷲のスクリーンに新たな物語が産まれ始めた。

上映終了、舞台袖で待っているキャストたちの耳に
場内 のざわめきが聞こえてくる。
高良、高岡、井浦の三人が壇上に並んだ。
いつもの如く、井浦が作品の血を語り、
高岡が監督との出会い、三好との出会いを語り、
高良が紀州への思い、「演じる」ことと「存在すること」を語る。


P1000709.JPG

時間はたっぷりあった。
「若松組はいつも、ティーチインを大切にしています」
と井浦が、客席に呼びかけると
戸惑いつつ、少しずつ客席から手が上がり始めた。

「水場でのあのシーン、私らも映ってるんですが、
高良さん、寒くて大変でしたね、風邪ひきませんでしたか」
「須賀利は階段だらけでしたが、筋肉痛になりませんでしたか」
「私、実は出てるんです、女Aです」
ロケ地の人たちならではの素朴な発言が続く。

ロケ中の昼食を全面的にサポートしてくれた、
地元の婦人会「おんばんの会」の世古さんが手を上げた。
「朝の風景、夕暮れの景色、
私らの須賀利が、こんなに美しかったなんて。
須賀利を改めて見直しました。
本当に美しかった。
ロケが終わった時、監督さんに
「監督さん、この風景を映像にしてずっと孫子の代まで
残して下さって、本当にありがとうございます」と言ったら
監督さんは、「日本だけじゃないよ、僕は
この映画を外国に持っていくからね。
世界中の人たちに見せてくるからね」と。
サングラスの奥の目は、本当に優しかったんです」

ロケ地での時間を思い出す。
須賀利の風景と、須賀利の人と、
須賀利という地域が育んで来たあらゆるものが
この作品を作り上げる力になっていた。

二回ともたっぷり一時間のティーチインを終え、
一路、須賀利へ。
真っ暗な闇の中、車から降り立つと
頭上に満点の星空が広がった。
ロケの日々、宿へ向かう疲れた身体を
この夜空が包んでいたのを思い出す。

東紀州FCの皆さんと、懐かしの民宿で
ささやかな乾杯。
監督との大きな約束のうちの一つを
キャストとともに果たし終えた。
若松組の旅も折り返し地点。

翌朝は、新宮が待っている。

2月10日。
朝食前に、須賀利の集落を歩く。
静まり返った、まだ目覚める前の路地。

三好が芳子に追いついた、階段の上のお寺へ。
梅の木が、桃色の花をつけていた。
三好の姿はどこにもない。
長い階段を、酸素ボンベをポケットに
ゆっくり登っていた監督の姿もない。
「子宮みたいだ」と監督がつぶやいた尾鷲湾を見下ろす。
海の向こうに飛び出したいと熱望していた三好の魂のように
監督の魂も、海の果ての向こう側に帰り着いたのだろうか。
紀州のこの地には、そんな思いを抱かせてくれる
命の始まりと終わりのものがたりの空気が満ちていた。
 
 
P1000772.JPG

須賀利の景色に別れを告げて、中上健次氏の故郷、新宮へ。



そこで待っていたのは、大ホールを埋め尽くした
お客様たちだった。

P1000801.JPG

エンドロールが消えた瞬間に沸き起こった拍手。
熊野・新宮という地への思いを井浦が冒頭に語り始めて
エンジンフル回転になったトークは
会場からの、「血」の問題について、あるいは
中本の男を演じる、紀州の言葉を語る上での
役作りについて、俳優という生き方について、
女優・寺島しのぶについてなど
質問は途切れる事なく続いた。

「観てもらえなければ、作品は存在しなかった事になってしまいます。
 この作品、面白くなかったら面白くないと
 スタッフでも誰にでもぶつけていただいて、
 もし少しでも愛して頂けたのならば、ぜひ、
 一人でも多くの人に、この作品を伝えて欲しいのです」

P1000820.JPG

作品は「演じてお終い」でもなければ「編集してお終い」でもない。
「初号試写でスタッフキャストにお披露目してお終い」でもない。
この作品が、観たお客さま一人一人のものになる、
その瞬間にたどり着くために、成すべき事をする。

シンプルで変わることのない、若松組の「ロードショウ」への道のりである。
紀州の地に、作品を手渡すことができたこと。

ハードなスケジュールを縫って時間を捻出してくれたキャストに。
そして、東紀州FC、新宮FCの皆さんに、
須賀利の皆さんと足を運んで作品を受け取ってくださったお客さんに。
心から感謝を申し上げます。

今週末は、静岡シネギャラリーにて先行上映会。
2月16日(土)10:30/19:00
サールナートホール1階大ホールにて。
19:00の回には、高岡蒼佑が舞台挨拶に登壇する。

About

2013年02月11日 08:28に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「ロケ地、尾鷲が待っている!」です。

次の投稿は「監督が愛した紀北町の「渡利かき」」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.37